おじゃの部屋

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おじゃ旅 ~カナダ バンクーバー~

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約6分
おじゃ旅 ~カナダ バンクーバー~

おじゃの旅路 ~バンクーバー~

飛行機からとても美しい針葉樹林や山々を眺めながら空港に着く。バンクーバーは都市と自然が隣り合い、世界で最も暮らしやすい街といわれる。人口は210万人ほどで、トロント、モントリオールに次ぐ、カナダ第3の都市。
ただ、なんと人口52%くらいは第一言語が英語ではないようだ。カナダの公用語は英語とフランス語。しかし、バンクーバーではフランス語を必要とする場面はほとんどない。 一方、アジア、特に中国、インドからの移民が多いため、北京語、広東語、プンジャビ語を話す人が多い。

到着して市の中心部にアクセスする電車 ”カナダライン”の駅前で屋台を見つけた。
JAPADOGだ。JAPADOGの歴史は浅いが、面白い。2005年に日本人夫婦が、カナダ、バンクーバーへ“海外で屋台からスタートして大きくしていく!” という志のもとに渡ったところに起源を持つ。
ツテも無い中、毎日、毎日、色々な屋台に通っては屋台オーナーとネットワークを作り、苦労を重ねて徐々に規模を大きくしていったようだ。
2010年 初の店舗型JAPADOGをOPEN、
2020年には“世界の屋台80店”という本で紹介されるほどになり、今や
ハリウッドセレブにも人気な絶対的な知名度を誇る屋台になっている。

Yaletown-Roundhouse駅へ降り、さっそくホテルへと向かう。街はおしゃれで、とても良い気候である。

ホテルに荷物を置いて、街を北へ進むと人々が集うウォーターフロントエリアに入る。ここもランニングやウォーキングをする人で賑わい、港を望む、おしゃれなレストランが並ぶエリアだ。ここで目につくのが水陸両用の飛行機 ”Seaplane”だ。大きいものでは18人が搭乗できる。
どうやら後から調べてみるとみると 100~200カナダドルで乗れるようだ。バンクーバーとビクトリア間を車とフェリーで移動する場合、時に半日近く掛かることもあるが、水上飛行機ならほんの35分のフライトと搭乗前のチェックインの時間のみで行けてしまう。どうやら世界最大の水上機による定期便ネットワークが形成されているようだ。比較的簡単に乗れるなんて知らなかった!おじゃ後悔。
もう一度行く機会があれば絶対に乗る。水陸両用飛行機は日本ではほとんど見ない。調べる限りは尾道を中心とした観光用の定期遊覧便 ”せとうちSEAPLANES” があるくらいのようだ。

ウォーターフロントエリアを進むとガスタウンエリアに着く。ガスタウンはバンクーバー発祥の地と呼ばれ、製材所の労働者や船乗りたちの渇きを癒すために1867 年に開業した酒場を中心に栄えた。ここの観光名所の一つに蒸気時計がある。地元のビジネスコミュニティーからの資金により町の復興の象徴として作られた。この時計は蒸気を動力として動く世界唯一の蒸気時計で、15分おきに蒸気で笛が鳴る。実はこの蒸気時計の製作者レイモンド・サンダース氏は北海道の小樽にも蒸気時計を作っている。これは日本一大きい蒸気時計で有名だ。

その後ホテルに戻る。宿泊したホテル、Sylvia Hotelは美しいEnglish Bayを目の前に臨むホテル。行き交う貿易船と、美しい海岸沿いの街並み、そして海に沈む夕焼けは本当に美しい。この周りの雰囲気を味わっていると、この街が世界の住みやすい都市ランキングで世界一になる理由が分かる。

次の日はサイクリング。English Bay Bike rentals で自転車をレンタルする。そしてStanley Parkを走る。ランニングやサイクリングを楽しむ地元の人がたくさん。こんな美しい公園・・・もし住むことができたら毎日通うの間違いなし!
そのまま、LionsGateBridgeを渡り(橋を渡る道が少し難しかった)向こう岸へ、少し坂を上って5kmくらい走るとキャピラノブリッジに到着。自転車で1時間もせずに辿り着くことができる。
スリリングだが、観光客が多く訪れる安全な場所で、ギフトショップなども充実している。可愛いリスもいた。

その後English Bayに戻り、さらに遠征すべく反対の海岸沿いまで行く。
ずっと整備されたサイクリングロードが続いており、クルリと湾を一周した。
途中でジェラート屋を見つけた。サイクリングの一服でのジェラートは至福のひと時であった。
また、倉庫街であった土地をリノベーションしたバンクーバーを代表する観光地GRANVILLE ISLANDに寄った。市場や飲食店、お土産屋やギャラリーなどが並び、まるで小さな街のようになっている。

次の日、シアトルに向かうために、バスターミナルへ向かった。バンクーバーからシアトルに向かうまでに、リッチモンドの各所を経由した。そこかしこに中国人、中国人、中国人。ここは中国かと見間違うほどだ。2016年の調査によると、リッチモンドの住民の52.5%が中国人であるようだ。なぜ中国人が大挙して押し寄せたか。一番の大きなきっかけは1997年の香港の中華人民共和国返還のときであるようだ。この際に、共産主義化を恐れた香港系中国人の移民が急増した。
・どちらもイギリス領だったカナダと香港はビザなしで行き来できた
・カナダは先進国でかつ英語を話せる国だった
・バンクーバーは気候が温暖で住みやすい
・バンクーバーは港もあって経済発展も見込める
という理由が挙げられる。また、リッチモンドにこれだけ多い理由としては古くからあるバンクーバーのチャイナタウンは、ホームレスが多く治安が悪いことで有名であり、治安の良い郊外へ移っていった。また、リッチモンドが龍のかたちに
似ている、名前の縁起がいいからなどと言われている。また、中国とバンクーバーの関係をもう少し過去に遡ってみると
1858年のゴールド・ラッシュでは、金鉱を目指して、
1880年代に入ると、カナダ太平洋鉄道(大陸横断鉄道)の建設労働者として、
沿線の各地に中国人の移民が進出した歴史がある。鉄道用トンネルの掘削など危険と隣り合わせの仕事に従事させられていた。しかしながら白人労働者から雇用を奪う存在とみなされ、激しい差別を受けた。同時期に、日本からも移民が増えてきていたが、非白人として同様に差別を受けてきた。ガスタウンのすぐ南にChinatown、東に少し行くとPowel Street沿いにかつての日本人街があるが今はほとんど面影が無く、バンクーバーの中でもかなり治安の悪いエリアとなってしまっている。

2日後、シアトルからまた、バンクーバーに帰ってきた。その日はバンクーバー市役所の近くの宿に泊まり、次の日、Queen Elizabeth Park 付近を散歩した。このあたりの住宅はとても小綺麗で、どの家も庭の手入れがしっかりされていた。住みたい街という感じである。また、この公園付近は小高い丘になっており、バンクーバーの遠景がとても美しいビュースポットがある。南北に走る大通りには雑貨屋さんも充実していた。バンクーバーの自然と、住みやすさを体感して、この旅を締めくくった。

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